このサイトは、おっさんひとり飯の「旧サイト」です。
新サイトはこちら
へ移動しました。
なんでサイトを移動したの?⇒ こちら

2009-08-05

小林秀雄全作品11 ドストエフスキイの生活

この「小林秀雄全作品11」は、昭和14年、小林秀雄が37歳の時に発表されたものが集められているのだが、後半の三分の二くらいは、「ドストエフスキイの生活」という、当時単行本で出版されたみたいだが、ドストエフスキイの伝記に充てられている。出版されたのはこの年だが、これは小林秀雄自身が編集発行人をつとめる雑誌「文学界」にずっと連載されていたもので、だから書かれたのはこの1年から2年前、準備はさらに前からされていただろう。小林秀雄は、文芸批評家として身を成していくことを決意し、それに当たって何かに、徹底的に取り組んでみたいと思ったのだな。それが、ロシアの文豪、ドストエフスキイだったわけだ。

日本語で読めるあらゆる文献を手に入れ、精読し、ほんとによく勉強したんだなということが伝わってくる。ドストエフスキイが生きた当時のロシアの社会情勢などについても、細かく目配りされていて、皇帝による専制政治が行われていた当時のロシアで、言論の自由はほとんどなく、同じ頃西欧で生まれていた新しい思想や、その延長に行われたフランス革命などのようなことは、知識としてロシアのインテリゲンチャも得てはいたが、それをロシアで実現することは、到底望むべくもなかったこと、なのでロシアのインテリゲンチャ達は小説に、自分らの鬱屈した想いと思想を表現していったこと、が明らかにされていく。

そういう時代の中、ドストエフスキイは、微罪で数年にわたって投獄され、また生来の浪費癖からいつも金に困り、金策に走り、苦しい生活を続ける中で、徐々にある思想を育み、それを小説や論文に表現していく。その内容については、僕はドストエフスキイの小説をちゃんと読んでいないから、何とも言うことはできないのだが、しかし少なくとも、小林秀雄が、当時のロシアでドストエフスキイがある思想を抱いたことに対して、日本という、西欧という思想の中心地から見た場合、ロシアと似たような状況にある場所で、自分自身がある思想を抱きつつあるということとを、重ね合わせているのだろうな、ということは、伝わってくる。

太平洋戦争開戦まであと2年、日本はどんどん、政治的に困難な状況となり、思想の弾圧や書籍の発禁も行われ、小林秀雄が書くものにも、奥歯に物が挟まったような言い方が見受けられるようになってくる。さらに小林秀雄は、太平洋戦争中は、全く物を書かなくなってしまったそうだから、そういう暗い時代に到る前に、小林秀雄が到達した、一つの頂点だったんだろうな、これは。最後に解説として、米川正夫という高名なロシア文学者が、この「ドストエフスキイの生活」を、「世界のこの種の研究中、ユニークな地歩を占める」と絶賛しているのだが、それを読んで、ほんとに良かったねと、思わず涙してしまった。