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2011-11-15

檀一雄が拡大改良した近代風。
檀流クッキング「麻婆豆腐」


檀一雄「檀流クッキング」を、料理本の名著の筆頭に上げる人も、少なくないわけだけれども、たしかにこの本にはそれだけのものがある。

まずやはり檀は文学者だから、文章自体がいい。品があり、エスプリがきいていて、しかも気さく。新聞に連載し、主婦向けに書いたものだから、むずかしい表現などいっさい出てこない。

料理についての高尚なうんちくを垂れることなどもなく、日本の主婦に、自分が思いえがく料理の世界をすこしでも伝え、それを実践してもらいたいという、真摯な気持ちが伝わってくる。

この本が名著の誉れが高いのは、檀のそういう、私心のなさが、まず第一に大きいだろう。



表現についていえば、檀はこの本のなかに、調味料の細かい分量などについて、ほとんど書かない。

それは檀自身が、料理を作るとき調味料を計量しなかったからなわけだが、だからといってこの本を見て、その通りに料理を作ってみようとするときに、困ることはほとんどない。檀が感覚として、調味料の量を感じられるような、文章の書き方をしているからだ。

檀がそうして、調味料などの量を計量によらず、感覚で伝える書き方をしていることで、檀のレシピを見ていると、「料理の楽しさ」が伝わってくる。檀が嬉々として、料理をたのしむ様子が、まざまざと読者の脳裏に、浮かんでくることになるのである。



しかしもちろん、檀流クッキングが名著であるのは、前提として、檀の料理についての含蓄の、広さと深さがあることは言うまでもない。

檀は幼少の頃から、50年にわたり、毎日、自分の食事を自分で作る生活をつづけてきたわけだが、檀流クッキングを見ていると、檀が生涯で最も興味をもったことは、文学よりもむしろ、料理だったのではないかとすら思えてくる。

日本の料理についての、知識の豊富さはいうまでもないが、さらに朝鮮、中国、ロシア、ヨーロッパ。世界各地の料理についても、その知識は半端なものではない。

もちろんそれらの知識を、檀は本などで得たのではまったくなく、日本中、世界中を放浪し、自分自身の舌で各地の料理を味わい、さらにそれを実際に自分で作り、再現してみるという、体験の中で身につけている。

だから檀流クッキングの、それぞれのレシピには、檀の人格や肉体、そのものが、色濃く投影されることになる。檀がその料理を味わったときの感動と、それを今度は、自分のものとしていく際の、檀自身のこだわりとが、レシピのなかに凝縮されている。



ただそのことは、檀流クッキングをただ読んでいるだけでは、決して見えてこない。

檀のレシピにしたがい、自分でもその通りにやってみて、さらにできた料理を食べてみてはじめて、檀流クッキングに隠された、さらに大きな世界を、自分自身が体験することとなる。

まあこれはほんとに、すごいことだなと、最近檀の料理を作ってみるようになり、つくづく思う、今日この頃なのだ。



今回檀流クッキングの中から作ってみたのは、「麻婆豆腐」。

麻婆豆腐は今でこそ、日本でポピュラーな家庭料理となっているが、檀は、

「今日は一つ変った豆腐の料理をやってみよう」

と書いているから、檀が檀流クッキングを連載した昭和40年代なかば、まだ日本で麻婆豆腐は知られていなかったのだろう。



日本の麻婆豆腐は、「今日の料理」でおなじみ陳建一のお父さん、陳建民が、中国の麻婆豆腐を日本流にアレンジし、広めたものだといわれているが、檀が作る麻婆豆腐は、それとはまったくちがう。

しかし完全に中国式というわけでもないようで、檀自身が、

「近代の味覚に合わせ、麻婆豆腐を拡大改良したもの」

という、「檀流麻婆豆腐」とでもいうべきものとなっている。

「パプリカとか、カエンヌとかを大いに駆使して、色あざやかに、洋風に仕立て上げてみる」

のだそうだから、どんなものだか、やってみないといけないだろう。



「豆腐2丁は、厚みを2枚にそいで、マナ板の間にはさむ。マナ板を多少傾けておいた方が、マナ板の重しで水気が切れてよいだろう・・・」

とのことなのだが、だいたいうちには、まな板は1枚しかないわけだから、皿のあいだにはさんで重しをしてみた。

1人前だから、豆腐は1丁。



豆腐の水切りをしているあいだに、「秘密の油」を調合する。

「ラードを弱火でとき(サラダ油とかゴマ油とかを使うなら、そのままでよろしいが)、油の中にパプリカの赤を大量に振り込んでおく・・・」

これはパプリカの小瓶を、30振りくらいはしておいた。

「タバスコを2、3滴おとして、とろ火にかけ、むらなく静かにかきまわす・・・」

「2、3滴」というか、2、3振り。

「この油に、できたら、モロミ(甘くないもの)だとか、豆鼓(トウコ=モロミの乾燥したような豆粒大のもの)だとか、カニ漬けだとか、腐乳(フニュウ=豆腐を腐らせたもの)だとか、何でもよろしい、有り合わせのアンチョビーの類をちょっと加えた方が味が複雑になる・・・」

今回は、スーパーで豆鼓を買い、この油に加えてみた。上の写真の下の、黒いのが豆鼓。中華食材のコーナーで、1袋100円ちょっとで売っている。いちおう包丁でたたいておいた。

上の写真は、あとは輪切りの鷹の爪と、指でもんだ「花椒」。あとで使う。

この油に、さらに、

「淡口醤油で味つけもすましておく・・・」

檀のこの麻婆豆腐のレシピで、塩味がつくのはこの淡口醤油だけだから、ちょこっとではなく、それなりに入れないと、味が足りなくなる。

少なめに入れておいて、あとで味をみて、追加するようにしても問題ない。

「別に豚の挽肉少々(100~150グラム)を用意して、ニンニク1片をていねいにみじん切りにしながら、肉とまぜ合わせてたたく。この挽肉にたっぷり酒をしみつかせておくがよい・・・」

「さて、用意しておいた油を熱し、ニンニクと豚の挽肉をまずいためる・・・」

「豚肉が変色したら、トウガラシの種子を抜いて小口切りにしたものを、自分の好みに合った辛さだけ入れる。次に、水どきしたカタクリ粉少々を放り込んで、全体に弱いとろみをつけ・・・」

「先刻マナ板で水気を切っておいた豆腐を2センチぐらいのサイの目に切って、一挙にほうり込んで、よくまぜ合わせる。手早くまぜ合わせて、むらなく全体の豆腐に味をしみつかせるのが大切だ・・・」

豆腐は、入れた瞬間にでかすぎると判明したので、さらにこれを半分に切った。

「さて、出来上がりに近い頃、山椒の実の殻(花椒)を指先でもんで、ちらし、数滴のゴマ油をたらしこんで、ひとまぜしたら出来上がりである・・・」




檀流麻婆豆腐の完成だ。



〈試食タイム・・・〉



これはまず、非常にうまい。

肉のうまみから、ニンニクやら豆鼓のベースの味、醤油の味、さらにスパイスの味がバランスよく混ぜ合わされて、きちんと日本人好みの味に仕上げられている。

中国の元の麻婆豆腐がどんなものだか、僕はイマイチよくわからないので、檀がそれをどのように「拡大改良」したのか、判別がつきかねるところがあるのだけれど、まずこれが、日本人にとってうまいものであるのは間違いない。

ただこの色が、もっと真っ赤に染まると思っていたのに、意外にふつうにオレンジ色くらいで、「色あざやか」というほどでもない。

これはパプリカの入れ方が、まだ足りなかったということなのか。それとも中国の麻婆豆腐は、もっとくすんだ色をしているのか。

それは今回やってみた限りでは、よくわからなかった。




あとは先日の台湾おでんの残り汁に、さらに新たに豚コマ肉と、大根を入れ、煮込んだもの。

いやしかしこの台湾おでん、たしかに何日にもわたって楽しめますわ。