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2013-01-22

魚をおろす入門におすすめ。
「イワシのつみれ鍋」

今日もご訪問いただきありがとうございます!

今日の晩酌は・・・。



イワシのつみれ鍋。



イワシは最も安い魚の一つなわけで、スーパーとかではたんまりと入ったイワシのパックが100円とかで売っていたりしますよね。

安いとはいえ味は良く、塩焼きよし、梅干し味で煮るもよし、酢じめよし、なめろうよし、とくるわけですが、このつみれ鍋(つみれ汁)も、イワシの食べ方の代表的なものの1つだと思います。



イワシをつみれにするには開かないといけないので、たしかに面倒っちゃ面倒、なわけですけど、こういうのは慣れの問題なので、やる前はただひたすら面倒としか思えなかったのが、やってみれば大して面倒でもなかったことがわかり、2回、3回とやるうちに、面倒どころか楽しくなってくる、というものなのじゃないかと思います。

特にイワシをつみれにするときには、どうせ叩いて細かくしてしまうのだから、きれいに開く必要がない。

だから初心者が魚をおろくのをまずはやってみるとしたら、このイワシのつみれは打ってつけではないかと思います。



つみれに入れる香味野菜、今日は青ねぎとゴボウにしました。

青ねぎは、単にぼくの家の冷蔵庫にたくさん入っているからで、これは白ねぎでもまったく問題ありません。



イワシを叩いたり香味野菜を刻んだりするのは、どのくらい細かくするかで食べ応えが変わります。

少し大きめにしておくのも、ふんわりとしてまたおいしいと思います。



まずはイワシを開きます。


イワシは身がやわらかいから、手開きにするのが一番簡単。

頭と尾ビレを落とし、腹を割いてワタをかき出し、横に持って両手の親指を背骨の上に差し込んで、しごくようにしながら背骨と肉を話していく。

反対側も同じようにしたら、最後に背骨をつまむようにしながらとり外す。



包丁で腹骨をすき取り、皮を剥ぐ。



ただ腹骨と皮はそれほど邪魔になるものでもないので、省略してもそれほど問題ありません。



包丁で、好みの大きさになるまで叩く。


これでイワシのすり身の出来あがり。



このすり身を、薬味や調味料と合わせます。


300グラムのイワシを買ったとすると、できるすり身は200グラムくらい。

ここに青ねぎ1本とゴボウの細いほう半分のみじん切り、溶き卵1/2個分、酒としょうゆを小さじ1/2、塩小さじ1/4、片栗粉大さじ1を加え、粘り気が出てくるまでよくこねる。



だし昆布を敷いた鍋に水を張り、火にかけて沸騰したら、できたタネをスプーンで丸くまとめて入れていく。



5分ほど煮たら、水が4カップだったら、酒大さじ4、みりん大さじ1、うすくちしょうゆ大さじ3、塩少々くらいで味つけする。



あとは野菜を入れるだけ。ここからは卓上へ移動する。



野菜は何でもいいけれど、今回入れたのは白菜に油揚げ、水菜にしめじ。

鍋を煮ているあいだにつまむための軽いアテも用意しておく。



まず白菜と油揚げを入れ、白菜がやわらかくなったら水菜としめじを入れ、サッと煮て火を落とす。






ふわとろっす。


しみ出ただしが、またうまい。







多重投稿の問題は、ツイッターとフェイスブックで使う目的を分けることで解決することにした。

ツイッターは、ぼくをフォローしてくれている人のほとんどが会ったことがない人で、さらに顔見知りの人は、フェイスブックもフォローしてくれている。
だからぼくのツイートがうざったければ、自由にフォローを外してもらえばいいだけだ。

それに対してフェイスブックは、「友達」の多くが顔見知りだから、ぼくの投稿がうざったくても、そう簡単に友達を取り消すわけにはいかない。
フェイスブックには、友達を取り消さずに投稿だけ読まないようにする方法があるけれど、それは知らない人も多い。

だから酔っ払ったときの多重投稿は、ツイッターだけに流して、フェイスブックには流さなければいいわけだ。



実際のところ、酒を飲みながらネットでやり取りするのは楽しい。

ネットでゆるくつながる感じは、酒場で人とつながる感じと近いものがあると思う。



昨日は広島の男性が、

「一人暮らしなのに毎日自炊するのはスゴイ」

とツイートしてきた。

たぶんぼくよりずいぶん年下のその男性は、料理はできるし嫌いではないけれど、自分だけのためにする気がしないのだそうだ。



しかしそれでは自炊しないのなら、「何を食べるか」という問題になる。

例えば今日のつみれ鍋でも、材料費は約500円。

500円では、ラーメンも食べられない。

牛丼だのハンバーガーだのコンビニ弁当だのを食べるくらいなら、「何も食べないほうがいい」とぼくなどは思ってしまう。



自分で作る料理はほんとにうまい。

これは何も、「ぼくが料理がうまいから」と言いたいのではなく、自炊で「自分がうまい」と思うレベルに到達するのは、ハードルはとても低いのではないかと思う。



まず自炊では、自分が食べたいものを作ることになる。

味つけも、自分の好みに合わせられる。

さらにできた料理を食べる「自分」は、自分に対しては往々にして評価が甘くなる。

自炊を始めてわりとすぐに、下手に外食するよりはるかにうまい食事が作れるようになるのではないか。



うまいものが安く食べられるのなら、考える余地はないように思うのだけれど、どうなのだろう。



「みんながおっさんみたいに『自分が好き』とは限らないよ。」


そうなのかもな。